戦力外通告

昨年から薄々感づいていたが、どうもそういうことらしい。
毎年、プロ野球選手たちの何十人かは、9月に球団から言い渡されるわけだが、こういう気分なのかと改めて実感した。


いろいろあるなかで一所懸命、しのいできたつもりではあったが、結果がともなわない事業に投資はできない。ベンチャーらしいさっぱりした結論である。


ただ、個人としては束縛から解放されるとも考えられるわけで、年齢を考えると不安なことも多いが、ワクワクしている気持ちもある。


即座に出て行け、に近いことを言われてショックはショックだが、取引先との手間、そういうわけにもいかないので、シーズン終了までの時間で、身の振り方を考えていきたい。


「人はわかりあえる」とララァは言っていたが、この4年で思ったのは「合わない人とは、いくら歩み寄っても分かり合えないよ!ファックファック」ということ。


途中下船となるであろう現状は、寂しいですが、荷を降ろし、軽くなった船が沈まないことを、対岸から願っております。


さ、次だ次!

庵野さん!もう、エヴァつくらんでいいよ!(褒め言葉)【映画「シン・ゴジラ」について】

「いやー、おったまげた」正直な感想だ。


CMを観たときから、かなり期待していた「シン・ゴジラ
その期待を良い意味で大きく裏切ってくれた。
凄すぎたので、1度目観終わったあと、すぐにチケットを買い、10分後には再び劇場の中にいたくらいだ。


語れるほど多くの映画を観てきたわけではないし、特撮ものにしてもそうだが、今回のシン・ゴジラには、重々しいほどの圧倒的リアリティに溢れかえっていた。
ポスターのキャッチコピー「現実(ニッポン)」対「虚構(ゴジラ)という図式だが、虚構の存在がまさに今、現実のものとなったときに何が起こりうるかを"真"剣に突き詰めているように思えた。


先の大震災と熊本の地震で、日本人の大半は現実世界が、突如理不尽に破壊されることを体感している。
かつてゴジラが作られたときよりも、社会的メッセージは人々のこころに強く訴えかけるのではなかろうか。


「特撮」という、「娯楽映画」の枠を超え「ヒューマンドラマ」として、秀逸な映画だと感服した次第です。


ただ、庵野監督がこれまでやってきた数々の作品があることで、セルフオマージュ的な要素多々が見受けられたり、もともと構図にこだわるようなところ(他の作品からの"オマージュ"なども含む)が、この作品に山椒的な役割を果たしており、肩の力、力みっぱなしで見るという感じではなく、「娯楽作品」としても楽しむことができたのは、庵野監督と同時代を歩んできた役得なのかと思う。


惜しむらくは自分自身が、ゴジラ自体に対して、深い思い入れと考察がないこと。
これがあれば、今回のシン・ゴジラについて、もっといろいろ思うのだろうし、もっと喜びをもって作品と向き合えたかもしれない。


庵野監督、もうエヴァつくらんでいいです。満腹です。


【追記】
もともとCM以外の予備知識ゼロで観たのですが、リアリティに関してはあらかじめ周知されていたことだったのですね。あーはずかしい。


ゴジラ自体の存在感や、破壊され尽くす東京(&川崎)の街、引き画を多用することによる、観ている側の可視感(TV中継的なもの)など多々あるが、やはり出演している俳優たちが「ゴジラ」の存在を「リアル」に感じ、破壊されていく日常を現実のものとして受け止めていたからこそのあの世界観が、観ているほうの意識に現実としてシンクロしたんではなかろうか。と書いてから整理がついた次第。


ちなみに「武蔵小杉」での攻防に「慣れ親しんだ街がぁああぁ」と、泣きそうになりました。

とある事情で、この一週間ほど、おかゆ・おじや・うどん・とうふ・ゼリー(蒟蒻畑除く)のみという食事制限を受けておりました。
食の豊かさが健康の元だなと痛感した次第。
たべれるうちから、食に気をつかっておかないと、食べたいものが食べられなくなってからでは、治るものも治らんなと、思わされた数日であった。

からあげ、ラーメン、カレーに焼肉。
きょうからの人生はバラ色だ。

急遽MCR観劇。相変わらず面白い。抜群に。

信念をもってそこに踏みとどまり、覚悟と執念をもって続けるものだけが、賛辞を得る資格が持てる。
芝居に限ることではないが、最近特にそう思う。
ただ、人の歩むペースは人それぞれ。
身がなくなる直前に気付ければ、それもまた、いいと思う。

「完全無視」って、逆に意識されているってことなのだろうか。
この手の人ってほんと面倒くさい・・・。嫌いならほっときゃいいのにね。
きにするだけ馬鹿みたいなんだがね。

きょうは、感動と失望が同居する空間を目撃しました。
最後まで勝利を目指し、やれることをやるという、その覚悟を目の当たりにして、心が震えていた私ですが、その横には・・・。

人間ですから、みなが同じ考え方で進むということは、現実的ではないかもしれませんが、普段の意識の中で同じ方向を向いて戦っていくんだという気持ちがないと、やはり、その組織は戦っていけないのではないのか。

若い世代との価値観のズレと言ってしまえばそれまでだが、目の前で真摯に取り組む姿勢を見せられても、変わらないのには開いた口が塞がらなかった。

こりゃ、ちょっと無理だな。

もっといろいろ書けるかと思ったのですが、やはりいろいろ忙しい。
fbなんて手軽なもんがあるから、溜まった想いをぶちこむなんてことはあまりなかったり。
平穏は幸せ...なのか?

最近、20代のときに聞いたいろんな説教が身にしみています。
それを覚えているってことは、話を聞いていたってことだと思うんだが、
言う側も「言っておく」ことが大事なんだと、思い出してみて思ったり。

ただ、いざ言う側になったときに、それを言える相手っていうのは、それを言っても
大丈夫とか分かってくれると信用していないと言えないなと思うので、
当時の自分を信用してくれたのかなと思ったりする。

今の自分は、自分ひとりでここまできたわけではないな。
これがわかるのに、こんだけ時間がかかっているのか。
人間、死ぬまで勉強し、成長する生き物なんだなと、思う。